縦横方向に編まれたアジロ編み籠と斜め網代籠との力学的な差異について
アジロ網の籠に注目すると,その網の主軸が縦横に配置されているものと,きれいに45度回転した斜めに配置されているものがあります。個人的には,どことなく古風な,どことなく素朴な縦横タイプがなんとなく親近感を覚えるのですが,斜めに配置されたアジロ網の籠,むしろこちらの方が最近は主流なのかもしれませんが,その工芸品的なもしくは工業製品的な完成度の高さには姿勢を正す思いで対峙することがあります。
縦横方向に編まれたアジロ編み籠(奈良)
このアジロ・パターンをよりどころにフリーのドローイングソフトであるInkscapeにて作成してみました。
インクスケープからこの後の考察に必要な部分だけをスクリーンショットすると,
このアジロ・パターンから,構造的な主軸(黄帯と赤帯,下図)を定義し,縦横アジロ・パターンと斜めアジロ・パターンをさらに単純化してみます。
この図は,正方形状に切り取った縦横アジロと斜めアジロの上辺と下辺を変形しない板(茶色)で挟み込み,上下に引っ張り力を与えている状態です。
厳密な物理シミュレーションの実施は,実際のところは多くの問題を抱え込むことになるので,見た目よりはなかなか大変なことになりますが,アジロ網の作品を触れるときの実感覚と合わせて上図の設定をイメージすると見えてくることがあります。
左の縦横アジロでは,黄帯の縦材のみが多くの力を分担することが理解できると思います。それに対して,右の斜めアジロでは,黄帯とともに赤帯も同じレベルで上下に掛けられた力を等しく配分することが期待できます。図中の黒矢印は帯にかかる引張力をイメージしています。このことが何を意味しているかと言うと,上図では,厳密性は大いに欠けますが,同じ面積に展開する同じ構造のアジロ網が,それを構成するお互いに直交する帯の配向方向と力の掛かり方の違いで,その構造の力学的な効率性(外部から掛けられる力を,如何にうまく,その構造材(帯)に配分するか)が大きく変わることを示唆しています。上図のケースでは,斜めアジロの強さ(変形のしにくさ)を感じ取ることはできるかなと思います。
次に,横方向の力(せん断力)を上辺下辺に掛けることを想定します。これは,円筒状のものの長軸を回転軸としたときのねじれに相当すると理解しても第一次近似的には,つまり大雑把にものごとの挙動を見るときには,その基本的な特徴把握には効果的かもしれません。
図中の黒枠がそれぞれのアジロ・パターンの基本要素を示します。右は洋裁でのバイアスカット的にも見えますが,ここでは四角形およびひし形の基本要素の四隅は,相対的に剛に結合されているとみなした方が現実的に合っていますし,編み組み部分がしっかりと噛み合っていることは,アジロ編みでの留意点の一つであるようにも思えますので,左のパターンの基本要素にはビルディングの柱に真横から力を受けるような状況にあり,右のパターンでは,それに対する耐震補強のような状況にあるので,明らかに右の斜めアジロ・パターンの方が変形しにくく,全体の形が崩れにくいことがイメージできると思います。その一方で,左の縦横アジロ・パターンだと,柔軟性があるともいえる訳です。縦横アジロの腰籠が身体になじむとのことも,このようなメカニズムによるのかもしれません。
確かに,PPバンドが組み合っているところは,初心者(人のことは全く言えませんが)であり,PPバンドの特性もあり,驚くほどゆるゆるです。容易にせん断変形しています。ということは,ひとつ前の図で意気揚々に説明した考え方では現実に合わないことが明らかです。困りました。そこで,さらに,縦横アジロと斜めアジロの単純モデル化を目指しました。ここまでくると,初等的な建築系構造力学で出てくるフレーム構造問題に集約されます。
下図は,2Dですが,とっても扱いやすい物理シミュレーターのWorkingModel2Dによるものです。コンピューターの中ですが,構造の挙動をシミュレーションすることができます。まずは,初期状態,つまり力を掛けようとする直前の図を示します。パターンもしくは色が異なる隣接するすべての部材の端は,お互いにピンのようなもので結合されていることを想定しますので,基本的にはすべての部材がゆるゆるで連結されています。
構造力学の約束事なのですが,縦横モデルと斜めモデルそれぞれの左側上端と下端に三角形が付いています。上の三角形は,この左上端は,虫ピンのようなものでこのモデルが壁に固定されているような状況です。回転することはできますが左右上下に動くことはできません。そして,左下端の三角形には〇が2個ついています。これは,この点の虫ピンは上下方向には自由に動けることを示しています。もちろん,左下端でも回転は自由です。また,それぞれのモデルの右上端には下向きの力がかかっています。この状況でシミュレーションをスタートさせると,このような感じです。部材に描かれたパターンや色は左右のモデルの対応を取るためのものです。ほぼ同じ量の部材で構成されている2つの構造の挙動が顕著に異なることが確認できます。もちろん,この解析は2Dで抑えているので,上図の斜めアジロは安定している様子を示していますが,これはとっても理想的な状況であり,やや現実味を欠くかもしれません。しかしながら,ここまで考察を進めると,縦横パターンは構造的には不安定であり,それが柔軟性につながると理解でき,斜めパターンは,構造体の基本要素の一つであるトラスであることが確認できます。外側4辺すべてがピンのようなもので結合された2本の部材で構成されているので,このままではトラスとはいいがたいのですが,2Dに限定されている状況では,この宙に浮いたピン結合点と斜材がクロスする中心点との間には“0部材”と言われるトラスの部材が存在する状況に近いような結果となっています。“0部材”とは,初等的な力のつり合い関係だけでは,その部材には力(応力/内力)がかかっていないことを意味していますので,力学的にはその部材はなくてもいいのですが,その部材がないとトラス構造の部材配置が崩れてしまいますので,必須なものです。上記のシミュレーションの結果は,あまりにも理想的ですが,斜めに部材を配置したこのアジロ・パターンは本質的にトラス構造的な面もあることを示唆しているのかもしれません。下に変形のアニメーションをつけてみます。見てみてください。
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